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大阪地方裁判所 昭和48年(ヨ)70号 決定 1973年3月30日

申請人 田中弘

<ほか七名>

右申請人八名訴訟代理人弁護士 増田淳久

被申請人 ヤングアローズ株式会社

右代表者代表取締役 中村敏男

右訴訟代理人弁護士 泉政憲

同 渡辺俶治

同 藤井栄二

被申請人 日本建設株式会社

右代表者代表取締役 生田重政

右訴訟代理人弁護士 西浦義一

主文

申請人田中弘、同田中和江、同鹿島哲雄、同佐々木英蔵、同福島正雄、同大櫛輝善、同大櫛恒子が共同して七日以内に被申請人らに対し一括して金二五〇万円の保証を立てることを条件として、被申請人らは、別紙物件目録(一)記載の土地上に建築中の同目録(二)記載の建物のうち、六階を越える部分(但し、塔屋部分を除く。)の建築工事をしてはならない。

申請人田中弘、同田中和江、同鹿島哲雄、同佐々木英蔵、同福島正雄、同大櫛輝善、同大櫛恒子のその余の各申請を却下する。

申請人日産チェリー淀川販売株式会社の申請を却下する。

理由

第一、当事者の求める裁判

一、申請人

(主たる申請の趣旨)

(一)、被申請人らは、別紙物件目録(一)記載の土地上に建築工事中の同目録(二)記載の建物につき、その建築工事を左記内容・範囲にとどめ、右内容・範囲を越える建築工事をしてはならず、かつ続行してはならない。

(1) 右建物建築は、別紙物件目録(一)記載の土地に隣接する同目録(三)および(四)記載の土地とのそれぞれの境界線よりいずれも三メートル以上の距離を隔てて工事続行し、かつ建築すること。

(2) 右建築建物は地上より高さ一〇メートル以下でかつ地上階数三階までの高さとすること。

(二)、被申請人らにおいて、右(一)の命令に違反して建築工事を続行した場合は、申請人らはその違反部分を被申請人らの費用負担において、自らまたは第三者をしてただちに除去させることができる。

(三)、執行官は右(一)および(二)の命令の趣旨を公示するために適当な方法をとらなければならない。

(予備的申請の趣旨)

(一)、被申請人らは、別紙物件目録(一)記載の土地上に建築工事中の同目録(二)記載の建物につき、その建築工事並びに規模を、同目録(一)記載の土地に対する建物建築面積割合(建ぺい率)で六〇%以下、かつ容積率で三〇%以下にとどめ、右内容・範囲を越える建築工事をしてはならず、かつ続行してはならない。

(二)、右(一)遵守の場合においても、建築完成する建物の地上階数が三階以上に至る場合は、被申請人らは、その三階以上の部分につきその北側および東側において隣地等を観望しうる窓、ベランダには全て目隠し工事をしなければならない。

(三)、被申請人らは右建物建築工事中別紙物件目録(一)記載の土地の隣接地である同目録(三)および(四)記載の土地に立ち入ったりあるいは右土地上に建築足場を設置してはならない。

(四)、被申請人らにおいて、右(一)ないし(三)の命令に違反して建築工事を続行した場合は、申請人らはその違反部分を被申請人らの費用負担において、自らまたは第三者をしてただちに除去させることができる。

(五)、執行官は右(一)ないし(三)の命令の趣旨を公示するために適当な方法をとらなければならない。

二、被申請人ら

(一)、本件申請をいずれも却下する。

(二)、申請費用は申請人らの負担とする。

第二、当裁判所の判断

一、本件疎明資料によれば次の事実が一応認められる。

(一)、別紙物件目録(一)記載の土地(以下本件土地という。)は、阪急電車宝塚線岡町駅から約七〇〇メートル東方に位置し、その西側は幅員一五・五メートルの国道一七六号線に面し、その南側も幅員約六メートルの道路に面し(いわゆる角地)、用途上は商業地域、防火上は準防火地域の各指定を受けている。

(二)、被申請人ヤングアローズ株式会社は本件土地上に左記のような規模・内容の建物(以下本件建物という。)を建築することを企画し、本件土地を前所有者山口実より買受け、昭和四七年一〇月九日所有権移転登記を経由し、同月一二日豊中市に対し建築基準法所定の建築確認申請をなし、同年一一月一五日その確認を受けたうえ、被申請人日本建設株式会社に本件建物の建築工事を請負わせ、昭和四七年一二月上旬頃より工事に着手した。

1 構造    鉄骨鉄筋コンクリート造、一部鉄筋コンクリート造九階建塔屋付

2 建築面積  一六三・四〇平方メートル(建ぺい率八五%)

3 延べ面積  二一八九・五七平方メートル(容積率七〇七%)

4 建物の高さ 一五・八〇メートル(但し、塔屋部分を入れて三一・〇〇メートル)

5 用途    店舗、事務所付共同住宅(一階は分譲店舗、二階は分譲事務所、三階から九階までは分譲マンション)

なお、本件建物と北側に接している申請人田中弘および同田中和江の居住土地との間および東側に接している申請人鹿島哲雄の居住土地との間にはいずれも数十センチメートルの間隔しかない。

(三)、右の国道一七六号線は大阪市より宝塚市に至る主要幹線道路であって、豊中市の中央部を貫通し交通量は多いが、右国道からわずか東方にはいれば商業地域から住居地域に変わり(本件土地の東側隣接地である申請人鹿島哲雄の居住土地の東側部分は住居地域となっている。)、比較的閑静な住宅街となっていて高層建物はない。また右国道に沿った土地でも、近隣には本件建物程の高層建物はなく、五階建ないし六階建の建物は点在するが、その建ぺい率、隣地との境界線までの間隔等は本件建物に比しはるかに余裕が存する。

(四)、前述のように、本件土地は商業地域の指定を受けているので、現行建築基準法による規制は、建ぺい率が九〇%、建物の高さ制限が三一メートルであり、本件建物は現行建築基準法上適法建築物である。しかし、豊中市においても現在都市計画法、建築基準法の改正に伴う新用途地域指定の作業が進行中で、現在大阪府知事作成の原案について豊中市都市計画審議会の承認を経た段階にあるが、新用途地域の指定はほぼ右原案どおり実施される可能性が強く、それによると本件土地は住居地域として、現行の規制に比べて極めて強い規制に服することになり、建ぺい率は六〇%(角地であるので一〇%緩和の可能性がある)、容積率は三〇〇%にそれぞれ制限されることになる。

(五)、申請人日産チェリー淀川販売株式会社を除く申請人らは、いずれも本件土地周辺に土地、建物(申請人福島正雄は木造平家建、その余の申請人らは木造二階建)を所有して居住し、またはそこに同居している者であって(その位置関係の概略は別紙図面のとおり)、そのうち申請人田中弘、同田中和江、同佐々木栄蔵、同福島正雄、同大櫛輝善、同大櫛恒子はいずれも一三年ないし二七年の長きにわたり、また申請人鹿島哲雄は昭和四五年一月から、それぞれ現在地に居住しているものである。被申請人ヤングアローズ株式会社が本件土地を買い受けるまでは、本件土地上には木造瓦葺二階建居宅が存するのみであった。右申請人らは本件建物の建築によって、冬至においてそれぞれ次のような日照の阻害を受けることとなる。すなわち、(1)申請人田中弘および同田中和江方においては、終日敷地の三分の一ないし全体が日影となり、申請人鹿島哲雄方においては、午前一一時過ぎから日影となり始め、午後一時に敷地の二分の一、午後二時にその三分の二、午後四時以降はその八割がそれぞれ日影となり、(3)申請人佐々木英蔵方においては、午後一時から日影となり始め、午後一時半過ぎから午後二時にかけて敷地の三分の一、午後三時以降その二分の一以上がそれぞれ日影となり、(4)申請人福島正雄方においては、午後零時過ぎから日影となり始め、午後一時に敷地の二分の一、午後三時には敷地全体がそれぞれ日影となり、その後徐々に日照が回復し、(5)申請人大櫛輝善および同大櫛恒子方においては、午前一一時半過ぎから日影となり始め、午後一時に敷地の三分の二、午後一時半に敷地全体が日影となり、その後徐々に日照が回復する。

次に、本件建物の設計を一部変更して、その七階ないし九階部分を削って六階建とする場合に、申請人らが受ける日照阻害の程度を前示の場合と比較して検討するに、申請人大櫛輝善および同大櫛恒子方において午前一一時半過ぎから午後四時までの日照阻害の程度がほぼ半減するが、その他の申請人らについては、日照阻害に関する限りさして大きな変化はない。但し、巨大な建物が近隣に屹立することによる圧迫感はかなり緩和されるとともに、通風採光の面でも好結果を来たすものと考えられる。

(六)、申請人日産チェリー淀川販売株式会社は、申請外日産チェリー大阪販売株式会社から土地、建物を賃借し使用しているものであるが、その土地および建物は、本件建物の建築によって、冬至において終日敷地の四分の一ないし全体が日影となるけれども、右建物は国道一七六号線に面し、かつもっぱら自動車の展示場、事務所等の商業用に使用されているものである。また右土地と本件土地との間には申請人田中和江方があり、直接本件土地と接しているものではない。

二、以上認定した事実に基いて、当裁判所は次のとおり判断する。

(一)、申請人田中弘、同田中和江、同鹿島哲雄、同佐々木英蔵、同福島正雄、同大櫛輝喜、同大櫛恒子は、本件建物が完成すると、前記のようにかなり長時間にわたって日照を阻害され、通風、採光も相当妨げられるほか、本件建物が狭い敷地上にほぼいっぱいに建築されていて、申請人らの木造家屋と高さが隔絶しているため強い圧迫感を受け、更にその所有占有する土地、建物の価格も低下し、全体としての生活環境が著しく侵害されるものと認められる。もっとも、本件土地の西側は交通の頻繁な国道に面しており、この点はたしかに考慮に値いするが、国道をわずかに東にはいれば比較的閑静な住宅街となっている(被申請人ヤングアローズ株式会社自身、その発行の「ヤングアート」と題するパンフレットにおいて「高級住宅地として名高い豊中・桜塚に居を構えるマンション『ヤングアート桜塚』(本件建物を指す。)は、都市圏からの交通の便利さはもとより、至近距離に服部緑地の優雅な緑をもち、云々」と宣伝している。)ばかりでなく、本件土地は近い将来新用途地域として住宅地域に指定される可能性が強い(そうなれば本件建物のような建ぺい率、容積率の建物が建てられないこと前記のとおり)のであるから、前記の点はいまだ被申請人に決定的に有利な事情とは認めることができない。また、疎明によれば、本件建物を九階建から六階建に設計変更したとしても被申請人らはいまだ相当の利潤を上げることができるものと推測される。以上の諸事情を綜合的に比較考量するならば、前記申請人田中弘ほか六名が本件建物の建築によって受ける不利益は受忍すべき限度を越えるものであって、右申請人らは被申請人らに対し、本件建物のうち六階を越える部分(但し、塔屋部分を除く。)の建築工事の差止を求める限度で本件建築工事差止請求権を有するというべきである。右申請人らの本件差止請求は右の限度で理由があり、その余は理由がない。

なお申請人らは、本件建物から観望されるおそれがあるものとして被申請人らに対し目隠し工事をすることを求めているが、疎明によれば、被申請人らは本件建物の北面および東面に不透明硝子を使用した「はめ殺し窓」を設置する計画であり、右の点に配慮していることが一応窺われるから、右申請は直ちには認容し難い。また申請人らは別紙物件目録(三)および(四)の土地に対する立入禁止や建築足場設置禁止を求めているが、被申請人らでそのような行為に出るおそれがあることを認めるに足る疎明はないから、右申請も理由がない。(なお、被申請人らにおいて然るべき安全設備をなす以上は必要な範囲において隣地の使用請求権があることは民法第二〇九条の規定上明らかである。)

(二)、申請人日産チェリー淀川販売株式会社については、右申請人が本件建物の建築によって受ける不利益は、前記第二の一の(六)記載の事情を考慮すれば、いまだ受忍すべき限度を越えるものとは認め難い。そうすると右申請人については、本件建物の建築工事の差止等を求める権利を有しないことに帰し、事案の性質上保証をもって疎明を代えることは相当でないから右申請人の申請はすべて排斥を免れない。

三、次に仮処分の必要性について考えるに、申請人田中弘ほか六名の申請人の受ける損害は決して少ないものではなく、本件建物が被申請人らが設計したとおりに完成してしまえば後日においてその一部を撤去することは著しく困難となることが明らかであるから、今直ちに建築工事差止の仮処分を発付すべき必要性が存する。

四、以上の次第であるから、本件仮処分申請中、申請人田中弘ほか六名の申請を主文第一項の限度で認容し、その余を却下し(執行官による命令の趣旨公示の必要性も認められない)、申請人日産チェリー淀川販売株式会社の申請をすべて却下すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 今中道信 裁判官 平井重信 濱崎裕)

<以下省略>

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